浴衣を着るときに、覚えておいてほしいこと

はじめに:浴衣を着るということ



町を浴衣を着て歩く人が増える季節になりました。行き交う人の浴衣姿を見ているだけで、いい季節だなと感じます。友達同士で並んで歩く人たちも、浴衣でデートするカップルも、微笑ましいものだと思います。

浴衣を着ると、誇らしかったり、恥ずかしかったりする一方で、不安ではないですか。わたしは茶道を習い始めてから着物を着るようになりましたが、初めの頃は不安で不安で仕方ありませんでした。ちゃんと着られているかな、着崩れたりしてないかな、帯緩んでないかな、お腹壊したりしないかな、などなど。実際家に帰った頃には腰紐が帯から覗いていたり、襦袢の腰紐はお臍のあたりまで上がっていたりしたものですし、一度ばかり道ばたで帯がほどけてとても困ったことがありました。

着物を上手く着られるようになったのは、少しずつ自分で調べたり、人に聞いたり、工夫したりして身に付けていったからで、本当の意味で身につくのは、やはり経験の積み重ねしかないと思います。

今回は、滅多に着物を着ない人が、夏祭りや花火大会を浴衣で楽しんでいただくために、ちょっとしたポイント、とくにわたしが初心者だったころに最低限知っておきたかったことをまとめておきます。ただ浴衣を着るだけではなくで、綺麗に、あるいは格好よく、浴衣を着るためにはどうしたらいいのでしょうか。

はじめに断っておきますが、わたしは、(浴衣をふくめた)着物に、正しい着物とか、正しい着方というものはないと思っています。個人が自由に、自分の好きなスタイルで好きな着物を着ればよいと思う。和服に限らず、どんな服に関しても。

ただ、洋服と同じく、和服にも「正しい」とされる着方があり、歴史と伝統があって、それを崩した着方をしているとあれっと思う人がいることも事実です。たとえばボタンダウンのシャツをスリーピースのスーツに合わせていたらおかしいように、あるいはタキシードには黒の蝶ネクタイを合わせるのがスタンダードなように、着物にも一定のコードがあって、それが美しい出で立ちや粋な着姿を作っているのだとすれば、納得するにしろしないにしろ、ひとまずは覚えておいたほうがいいと思う。そうした決まり事を最初から無視したり、知らないまま着たりするよりも、知った上で自分なりのスタイルを作り上げるほうが自由だと思うし、結果としてかっこ良く着られると思う。そしてまた、「正しい」着方のほうが、着崩れないし、着ていて楽なのです。

着物ポリスとか、着物おばさん(着物おじさん)と呼ばれる方々がいて、町行く人が「間違った」着物の着方をしていると目敏く見つけて直してくれる、たいへん親切な方々がいますが、一方で厳しいルールを押しつける決まり事にうるさい人が目立ってしまうと、着物を着ることが楽しくなくなってしまうようにも感じます。もったいないことだと思いませんか。

落語家の春風亭昇太師匠は、着方にうるさい人について、「浮世絵見たことありますか」と言いたい、と話しています。江戸時代の浮世絵を見ると、昔の人は本当に自由な着方をしていたことが分かる。時代によってルールやマナーは変わるものだけど、伝統とかしきたりを口うるさく言う人のほうが、実は歴史や伝統を理解していなかったりして。いろいろなことに、言えることですが。


鳥文斎栄之筆、「御殿山の花見」東京国立博物館蔵。江戸時代、18世紀。一部改変。


わたしもうるさいことをいうつもりはない。なんとなく今まで分かってきた、かっこいい着方、粋な着方、そしていい着物とはどんなものなのかを知っていただいて、夏をより楽しく過ごすためのヒントにしていただければ。


1.仕立ての違い


量販店などで、着物と帯のセットでも五千円以下で買えるようになりました。洋服を買うような感覚で、色や柄のかわいい、かっこいい浴衣を選ぶのもいいでしょう。ただ、こういう安い浴衣は、伝統的な浴衣とはだいぶ違う物だということは、知っておいたほうがいいと思います。違いが分かる人には、一目で分かる違いなので。

最も大きく違うのは、縫い方です。簡単に言えば、手縫いかミシン縫いかと違いということなのだけど、その違いが「縫い目が外から見えるかどうか」という違いに直結しています。

和裁(日本の裁縫)には「くけ」という技法があって、縫い目が外から見えないように(厳密には、虫眼鏡を使うとか、間近でじっくり観察すれば分かるくらいしか見えないように)なっています。洋服は、Tシャツにしてもワイシャツでも(ジャケットは別ですが)襟や袖口にミシンの縫い目がきっちり見えますよね。着物はこういう縫い目は見えないように仕立ててあります。ミシンを併用する仕立て方もありますが、表から見えない部分だけをミシンで縫って、それ以外の襟や袖口や裾などは手縫いをしています。この場合もミシンとはいえ、ロックミシンでかがり縫いなどは、絶対にしません(某ファストファッションブランドの浴衣は、しています)。



手縫いで仕立てるということは和裁士さんが手で作業することになるのど、仕立て代だけでどんなに安くても数千円はかかります。呉服屋さんで頼むと一万円以上するでしょう。つまり新品で一万円以下で買える浴衣はほぼ間違いなくミシン縫いですし、袖や裾を見れば一発で分かります。

個人的には、浴衣や着物に親しみのない若い人が手軽に買えるようになったので、一概に悪いことだとは思いませんが、やはり日本の着物の重要な技法を無視したものではまがい物だと思われても仕方ないと思いますし、糸が見えるのは粋じゃないようにも思います。学生さんや若い方が着るのは構わないと思うけれど、いい歳した大人が着ていたら恥ずかしいかな、とも思います。とはいえ、現状では町を歩いている人の9割はミシンの着物なので、市民権を得ていると言えるかもしれません。わたしは絶対に着ない主義ですが、着ている人を馬鹿にするつもりはありません。

手縫いとミシン縫いでは、縫い目をほどけるかどうかという違いもあります。ミシンは固く縫ってあるので解くのは非常に難しいのです。人に譲ってもらったり体型が変わったりしたときに寸法を直したりとか、洗い張りといってすべて解いて洗ったりとか、という時に解く必要がありますが、ミシンの安い浴衣ならそもそも解く必要もないでしょうから、その点は気にしなくていいです。

ちなみにネットを探してみると、ミシンの浴衣を縫い目を解いて裁縫用ボンドで止めることで縫い目を見えなくする、という強者がいました。いやはや。その手があったか。

2.生地の違い


安い浴衣だと生地も悪い、という訳ではないのですが、生地にも色々と違いがあります。主に綿、麻(綿麻)、ポリエステルが一般的で、一概にどれがいいと言うわけでもなく、それぞれに特性があります。


a.ポリエステル

ポリエステルイコール安いとか、悪いという訳ではないのです。特に最近のものは汗をよく吸うし、乾きやすいのである程度快適です。自宅でジャブジャブ洗えるから手入れも楽。発色がいいのでかわいいものも多いです。
一方、難点としては型崩れしやすく、なによりも生地がくたっとしていて身体のラインが見えやすく、ちゃんとした人に着付けて貰うか、よほど着慣れていないと綺麗に着るのはなかなか難しい。テカリもあるので見た目が安っぽいことは否めません。汗をかくと特に白い部分は結構透けるので女性は注意した方がいいです。

b.綿

最も一般的な素材ですが、綿と言っても織り方によって様々です。一般的にはコーマ地の平織(縦糸と横糸が一本ずつ交差する)がスタンダードですが、最近はブロード地もあるようです。
ほかにも、透けるように織った綿絽は風通しがいいけど透けるので女性は使いづらいとか、凹凸のあるしじら織りや綿紅梅は肌に張り付かなくて柔らかいなど、いろいろな特性があるので調べてみたり、実際に比べてみるといいでしょう。
代表的なものに、会津木綿、久留米絣、遠州織、阿波しじらなどがあります。

c. 麻、綿麻

綿麻は綿と麻の混織のことです。麻には蒸散性(水分を吸収して発散する性質)があるので少し入ると涼しくなるし、見た目も涼しげになりますが、ごわつきが嫌いな人もいるでしょう。皺になりやすいので、脱水は軽めにするか、タオルドライにしましょう。アイロンを掛けるとテカってしまうので、皺は衣紋掛けに掛けて霧吹きすればだいたいの皺は取れます。麻100%の浴衣もたまにあります。小千谷縮などはその代表ですね。越後上布、宮古上布などの上布というのも麻織物のことです。

素材は、どれがいいという訳ではありません。それぞれ利点とデメリットがあるので、都合や好みに合わせて選んでいただけるといいと思います。稀に化繊の着物を全否定するような人もいます。正絹(絹100%)じゃない着物は認めないような人たちです。
そもそも江戸時代の庶民は綿も絹も禁止されていましたし、時代によって着る素材が変わってくるのは当たり前で、雨でも気兼ねなく着られる素材や自分で洗える使い勝手のいい素材を馬鹿にするのは了見が狭いと思いますけどね。

d. 染めのこと

染めや模様については好みの部分が多いと思います。ただ、最近のプリントもので、見た目の華やかさやかわいさだけを狙った最近の女性の着物は、見た目もなんか暑苦しいなあという印象を持ってしまいます。目で見る季節感というのもありますから、シンプルで涼しげなものを選ぶのもまた楽しいかと思いますよ。

布地には全国にたくさんの産地があります。伝統染織の話はあまりに書くことが多いので、ここではするつもりはあまりありませんが、地域で受け継がれ、発展を重ねてきた伝統染織を知ることもとても面白いし、ただ「浴衣」ではなくて、遠州織りとか、阿波しじら織りとか、有松鳴海絞りの浴衣、というふうに選んでみたほうが日本の文化を楽しんでいるように思えませんか。お金は掛かりますが、職人さんが熟練の技術で、手間暇掛けて織った、染めたことを思えばその価値はあると思うし、その分だけ愛着も湧くと思いますよ。

伝統染織でも、最近は若い人の好みに合わせて綺麗なものもたくさんありますし、若い作家さんもいますので、探してみてはいかがでしょう。それにしても有松鳴海絞り、素敵だなあと思います。


3.着方のこと


正しい着方というのはないかもしれないけれど、美しい着方はあると思います。たとえばネクタイだって、たくさんの締め方があるけれど、どんな結び方でもノットが歪んでいたり、緩んでいたりしたら綺麗じゃないでしょう。

きっちりと着ることだけが美しい着方という訳でもない。とくに男性の場合、着崩すのもおしゃれのひとつです。だけど着崩すにもそれなりの作法があって、それに則れば風流だったり、粋だったりいなせだったりするわけですが、そうじゃないとみっともないだけだったりする。洋服でも同じことで、たとえばはだけた胸元からTシャツが覗いていたらダサいし、ボタンを3つも4つも空けていたら変でしょう。着崩すにしてもかっこよく着崩したいわけです。そのためのポイントを書いていきたいと思います。

a. 帯の締め方(特に男性の)

浴衣を初めて着る男性にありがちなのが、帯をベルトの位置で結んでしまうこと。帯の位置はベルトよりももっと下です。お腹で締めていると、バカボンみたいでかっこ悪い。そしてなにより、着崩れます。お腹って膨らんだり締まったりするので、少しずつ隙間ができて動いてしまうのです。

ものの本には腰骨の位置で締めると書いてあることが多いです。これでもいいのですが、腕を上げ下げすると着崩れて胸元が緩んでしまうことがあります。わたしは腰骨の下の窪みに合わせて締めるようにしています。締めるときは漏斗のように上側をやや開くようにして、お腹側を下げ、背中側をすこし上げるようにするとよいです。

最近はワンタッチ(結ばなくていい)の帯が手軽に手に入ります。ゴム仕様の結ばないネクタイのようなもので、それ自体の是非については触れません。ただ、これは多くが緩みやすいし、したがって着崩れしやすいです。結び方を覚えて、自分で締めた方がいいと思うし、結び方だって色々あるので楽しめますよ。ただし、何も見ないで結べるようにならないと、万が一ほどけたり、緩んだりしたときに悲惨なことになります。本物の帯は腰で身体を支えているようで自然と姿勢が綺麗になります。

ポリエステルの帯だと摩擦が少なくて着崩れの原因にもなりますし、締め心地も違うので、やはり絹や麻がいいと思います。おしゃれな物もいろいろとありますが、わたしは博多織と米沢織の帯を手に入れてから、そのしっかり締まる安心感から手放せなくなり、長時間の外出の時はいつもどちらかを締めるようになりました。

それからもうひとつありがちなミスは、角帯の帯の結び目を真後ろに持ってきてしまうこと(貝の口という結び方の場合。ワンタッチの帯はほぼ全て貝の口です)。それは子供の締め方なので、左右どちらかに寄せましょう。



b. 丈について

これは買うときに注意する点なのですが、最近はどうも丈を短く着ている方が多くて気になります。正しいとされる着方は、男女ともにくるぶしの位置に裾がくるくらいの丈です。くるぶしよりも数センチ上で、足首が丸見えになった状態で着ている方が多いような気がします。

一概に間違いとは言えませんし、江戸時代の町人なんかは外を出歩くときは短く着たようですが、ちょっと安っぽく、野暮ったく見えてしまう場合もあります。足の甲に掛かるか掛からないかくらいの丈のほうが上品に、落ち着いて見えます。あくまで私感です。

男の浴衣はお端折りがないので着付けで着丈を調整するのは難しいので、これは買うときに試着して確かめるしかありません。身長の-25cm程度がいいと言われていますが、体型とか頭や首の長さで変わってくるので、実際に着てみないと分からないでしょう。(わたしは身長は174cnですが、身丈は151cmです)

最近の着物や浴衣は、裄丈(背中の中心から袖口までの長さ)も長い傾向にあります。これも好みの問題になるのかもしれませんが、スーツのように長い袖は個人的にはあまり綺麗には見えません。腕を真横にしたときに、手首が見えるくらいが丁度いいかなと思います。

とはいえ、既製品の浴衣はS,M,Lなどの寸法しかないので、身丈にしろ裄丈にしろ、身幅にしても、ぴったり合う物を見つけるのは難しいかもしれません。





c. 綺麗な着方と着崩し方


着物を綺麗に着るためには、やはり場数を踏んで少しずつ自分でコツをつかんでいくしかないと思います。慣れない内は、上手く着られたつもりになっていても着崩れやすかったり、どこか歪んでいたりするものです。ただ、押さえておくとパッと見て綺麗だなと思えるポイントがいくつかあるので、そこを意識していくと少なくともみっともなく見えることは少ないと思います。


(1) 背縫いは真ん中に、まっすぐ

背縫いとは後ろの真ん中の縫い目の事です。これが身体の中心にまっすぐ走っていないと、それだけで残念に見えます。真ん中に持って行くためには、袖を通したあとに両手を袖にいれて袖口を揺らすとか、首の真ん中と腰のあたりの背縫いの部分の二箇所を左右の手でそれぞれ持って上下に揺らしてヨレを解消する、という方法があります。帯を締めた後にもう一度背縫いが中心にあるかどうか確認しましょう。


(2) 皺を脇に寄せる

ある程度の皺がよるのは仕方ありませんが、背中に、帯に食い込むような皺があるのはさすがにいただけない。帯を締めた後で、左右に引っ張って皺を伸ばして、両脇に皺をあつめておくだけで全然違って見えます。脇に皺のある分には目立たないので、もし幅が大きめの浴衣であれば脇腹のあたりにタック(折り返し)を作るようなイメージで折り込んでしまってもいいです。

(3) 着崩れと着崩しの違い

ゆったりと浴衣を着たいと言う方もいると思います。そんなにきっちりと着るなんて面倒くさいとか、俺はお行儀良くなんてやってらんねぇと、言う方もいるかと思います。ただ、雑に着るのと着崩すのは違いますよね。頭ボサボサと無造作ヘアーは違うし、シャツがヨレヨレだったり、半分だけズボンから出てたらかっこ悪いじゃないですか。上手に着崩すと粋に見えますが、下手に着崩すのは野暮ったい。

では何が違うのかというと、着崩れたような着崩しは総じて野暮です。着物はしばらくすると着崩れてくるのは当たり前です。特に男性の細身の人は(わたしもふくめて)、帯が上がってきて、緩んでしまいがちですし、そうでなくても歩いているうちに裾がずれてしまいます。上手く着ると着崩れにくくはなるけれど、ある程度はどうしようもないのです。気付いたときに帯を下げたり、手の空いたときにささっと着崩れを直したりするしかないです。(着崩れの直し方は、調べてから出掛けましょう)

着崩れると襟元がはだけるのと、裾が崩れてきます。裾はやや先細りが正しいとされているのですが、崩れると広がったり、下前が見えてしまったり、線が斜めになったりします。この状態で歩いているとみっともなく見えてしまいます。

もし着崩したいのであれば、下半身は崩さずしっかり着て、胸元だけはだけさせると粋な風流人っぽくなります。このとき、下着が見えたら台無しです。そして緩めるなら必ず、胸元は左右対称に緩むようにします。そのためには腰紐を締める段階で、腰のところを緩やかに持ち上げて止める。決して帯を締めてから緩めてはいけません。着崩すなら帯も結び方を片ばさみに変えるとか、兵児帯にするとか、考えてほしいものです。




(4)所作が大事

いかに着物を綺麗に着ても、振る舞いがなってないとそれだけで台無しです。さすがに気をつける点を列挙すると説教くさくなりますし、それだけで1つの記事が書けるので、ここではどういうことが大事なのかを分かっていただける程度に書いておきたいとおもいます。

たとえばよく女性は、小幅で静かにまっすぐ歩く、と言われていますよね。大股歩きは着崩れるしみっともないということです。ほかにも、手を上げるときに袖口を押さえると腕が見えなくて綺麗です。荷物は左手に持って、右手は上前に添えるために空けておくと階段の上り下りも綺麗にできます。そう、階段を下りるときは上前を押さえ、上がるときは上前と下前を掴んで持ち上げるようにするのです。覚えておきましょう。これは男性も一緒。

男性だって、たとえば下駄の歩き方がぎこちないだけで野暮ったい。鼻緒は軽く引っかけて堂々と歩く。下駄を引きずってカランコロンいわせて歩くのは子供の歩き方。カツカツという音が出るのが正解。ゴム裏の下駄よりも歯のある下駄がやはり格好いいでしょう。食事も、手を伸ばすときは袂を押さえないと汚れるのは当たり前すが、せっかくの浴衣を汚したくなければ、たとえば手ぬぐいを帯に挟んで汚れないようにするとか、そういう気遣いも必要です。気の利いた店では大きいナプキンやエプロンを貸してくれますから、ありがたくお借りしましょう。

所作だって美しいと野暮ったいだけじゃなくて、上品なものと粋で格好いいものと、様々ありますから、どういうスタイルがいいのか考えてみましょう。たとえば持ち物の使い方。手ぬぐいを袂から出せば職人風でそれはそれで格好いい、懐から出せば威厳がある。扇子を帯に挟むのもいいですが、団扇を背中に挟んでると渋くて格好いい。着物には腕時計ではなくて懐中時計を帯に挟むのも格好いいですが、時計を持たないのも粋な感じがします。紗の羽織を着ると上品になりますね。たんに小物を身に付けるのが格好いいのではなくて、何を使うのかで印象も全然違います。

信玄袋の紐が必要以上にぶらぶらしているのは野暮ったいし、荷物が多かったり、頻繁に鞄から物を出し入れするのも粋じゃないですよね。荷物は少なく、スマートにしたい(それに、男性の着物に合う大きい鞄ってなかなか売ってないのですよ)。猫背でスマホ見ながら歩くなんてのは論外です。

そして浴衣でデートするなら、相手の事を気遣ってあげましょう。何をどう気遣うかなんて講釈を垂れるほど不粋なことはしませんし、わたしも教えられるような経験はありません。こっそり調べておきましょうね。


さいごに


さて、着物ポリスのような口うるさいことを言うつもりはないと書いたのに、気付けば随分とやかましいことを書いてしまいました。

ただ、拙い着方が悪いという訳では、決してない、ということははっきりと言っておきます。着物にこだわる人のなかには、滅多に浴衣を着ない人が「正しくない」着方をしているだけで非難したり、馬鹿にしたりする人も一定数います。ユニクロやしまむらや、プチプラの浴衣を見下す人もいます。あんなのはコスプレだとかおもちゃ程度だと言いたい気持ちも、わかります。

だけどわたしが思うのは、そういう態度こそもっとも野暮だということです。なによりも和装を楽しむひとが少しでも多いのは、結構なことだと思いますし、夏になるとそういう人たちが街中を行き来しているのも、それはそれで風情じゃないですか。着崩れた若者の浴衣姿、風流だと思いませんか。若者が頑張って浴衣を着ているけなげな姿も、夏の風物詩じゃないですか。

さて、この記事を読んでみて、少しはいい浴衣が着たい、と考えて下さる方がいらっしゃるかもしれません。呉服屋さんで反物から誂える(つまり、生地を自分で選んで、採寸して作って貰う)とそれだけで数万円しますが、そのぶん愛着を持って、長く着られることと思います。

そこまでの出費は難しいという方は、街の古着屋さんに相談してみて下さい。リサイクル着物(正確にはリユースですが、この言い方が定着しています)の専門店は、意外にもたくさんあります。大手の呉服屋さんや、その系列の古着屋さんよりも、街の古着屋さんなら相談にも丁寧にじっくり答えてくれるでしょう。わたしがお世話になっているお店は、ミシン縫いの浴衣は売らないという主義でやっています。多くの古着が出回っていても、店で売れるのは僅かだと嘆いていらっしゃいました。

和装をするだけで褒められる世の中になってしまいましたが、それを一歩超えて着物を格好よく、素敵に着るということがどういうことかを考えていただければ、この記事を書いた甲斐があったと思います。

たしかに、一朝一夕にはどうにもならない部分も多いと思います。わたしもまだまだ着こなせてはいませんが、着物を着始めた頃は池波正太郎先生の『男の作法』などを繰り返し読んで勉強したものです。歌舞伎役者とか落語家の人の着物の着方や歩き方を見て勉強したりもしています。よく、細身の人は和服は似合わないとかいう人がいますが、そんなことはないでしょう。私は体重55kg程度しかありませんけど、着慣れてくると、同じ茶道教室の方から、綺麗に着られるようになったねとか、板についてきたねと言われるようになりました(お世辞かもしれませんが)。落語家なら柳亭小痴楽さんなんかは細身でも本当に格好よく着られています。そもそも昔の人はどんな体型でも着物を着こなしていた訳ですから、体型がどうであっても着られない事なんてないんです。慣れてくれば、上手く着られるようになります。

花火大会や夏祭りで浴衣を着てみたら、つぎは勇気を出して、普段着として使ってみてください。家の中で晩酌するだけでも雰囲気があって楽しいですし、近所の赤提灯に一杯引っかけにいってもいいでしょう。浴衣で女子会や男呑みもいいですね。そのへんをぶらぶら散歩するだけの夕涼みもいいと思います。そのうちに浴衣になれてきて上手く着られるようになってくるし、楽しくなってくるはずです。そうしたらぜひ、浴衣だけではなく、着物にもチャレンジしてみてくださいね。せっかく日本には着物の文化があるんですから、楽しみましょう。

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