チベットの環境が重要なわけ

チベット、といえば中国の政治的支配が問題になることがほとんどだが、実は政治問題と平行して環境問題も深刻なのだ。
ただ、チベットの環境は情報が入手しづらく、まとまった資料というのはほとんどないと言っていい。断片的な情報を拾い集めなければ分からないのもまた、大きな問題だ。。。

ご存知のように2015年は、エルニーニョと人間の活動のため(と思われる理由で)世界の平均気温が観測史上最高であった。
昨年の夏はインドの各地が洪水と干魃に襲われ、私のいたラダックでも洪水でインダスが増水して村が水に浸かるとかの被害が出た。写真は橋が流された様子。向こう岸の村はほぼ孤立状態になった。

原因は大量の雨。現地の人によれば、十年前は夏の2ヶ月間雲一つない気候が続いたというが、私がいたときは2,3日に1日は雨が降った。雲は毎日のように出ていた。
これが地球温暖化の影響なのか、それとも局地的・一時的な変化なのかはわからないが、実は地球温暖化の影響に対しては、ツバルやモルディブのような島嶼国家だけでなく、山間部も非常に脆弱だ。
洪水の直接の原因に、氷河の融解がどれほど影響しているかは分からないが、氷河の縮小も著しい…と、現地の人や長年ラダックに通う人は言った。

そして、この氷河が問題なのだ。


チベット高原は「第三の極」といわれる。つまり、北極と南極に次ぐ、氷の大地なのだ。

チベット高原は中国のチベット(チベット自治区だけでなく青海省なども)から、ネパール、インドなどにまたがる250万平方キロメートル(どのくらいの面積かは私もわかりません・・・)の中に、分かっているだけで46000の氷河を擁している。そして、その氷河を水源にする人は10億人以上にのぼる。
当然のことながら、気温が上昇して融雪量が降雪量が越えると氷河は退縮するし、降雪量が極端に増えても春に溶け出す量が急増して洪水が起きる。実際に昨年五月のザンスカールでは橋と道路が鉄砲水で流されたし、間に合わせの橋が不安定で犠牲者も出ている。


しかし問題なのは地球温暖化だけではない。
特に中国のチベット自治区における森林伐採(洪水と汚染につながる)、資源の採掘による水質汚濁やダム建設も大きな問題なのだ。

最近のデータがないから分からないが、1985年までに、つまり中国の支配がはじまってから30年余りで、チベット自治区の森林面積の45%が消滅した。数値でいえば約22万平方キロメートルから13万平方キロメートルだ。チベット高原は標高3000~4000メートルを越える乾燥した高地であり、一度木が伐採されると次に生えてくるまでには相当な時間が掛かる。いや、ほぼ再生は不可能と言ってもいいかもしれない。。。
単に森林が減るだけではなく、野生生物の減少、そして、洪水を引き起こしやすくなること、土壌が流出することで下流域の住民にも被害が及ぶ。


その下流域の住民というのは、多くが中国の国外に住む人なのである。
チベット高原から流れ出ている川は、インダス河、メコン川、ブラマプトラ川などがある。つまり、チベット自治区の水資源の問題はパキスタンやインドや東南アジア諸国の下流域の住民に被害をもたらすのだ。

さらに、チベットには石油や石炭だけでなく、金やウランやアルミの原料などを含む120種以上の地下資源が眠っている。中国はもちろんそれを採掘しているが、環境への負荷が大きい露天掘りで採掘しているから、当然、大気や水質が汚染される。
さらに、チベットには70年代から核関連施設が建設され、高レベルの放射性廃棄物が湖や河川に廃棄された。これは、95年に中国政府が認めているが、実際にどの程度の量が廃棄されたかは、いまも分かっていない。。。

ダム建設も大きな問題だ。昨年秋、チベット自治区に藏木ダムが完成し、操業をはじめた。510MWの発電能力はチベット自治区内では最高だが、中国は同じくブラマプトラ川(インドを通り、ガンジス河と合流してバングラデシュに流れる)沿いに世界最大の2000MW級のダムをはじめ複数のダムを計画している。
しかし、この地域は地盤が不安定なことが指摘されていて、地震や地滑りによってダムが決壊すれば下流域への被害が甚大であることは想像にかたくない。

実際に下流域のインドの州政府は中国に異議を申し立てているが、中国政府は環境にも下流域にも問題はないと一点張りだ。ここで問題になっているのは中国が水資源を独占し、下流への流出量を意図的に減少させる恐れがあることだ。
この背後にある中国の動機というのは、地球温暖化に伴う氷河の縮退によって水資源が枯渇することへの危機感であることは明白だ。

こうして考えると、チベットは中国の植民地である、と言えるかもしれない。
中国には55の少数民族が住み、彼らの住む面積は中国国土の半分以上を占める。中国がいかに少数民族を制圧するかは、実は中国経済にとっても、政治にとっても死活問題なのだろう。だからこそチベットを締め付ける手を緩めることはないと考えてよいかも。。。

ただ、中国政府はチベットの植民地化を「開発」を武器に正当化する。
昨年はチベット自治区発足50年。式典に際して自治区政府の高官(つまり共産党幹部)は、50年で域内総生産が280倍になったことを強調した。中国政府はチベットにいいことをしている、と言いたいのだろう。。
開発をチベット人が望んでいるかはともかく、チベット人がその恩恵に与っているかも疑問である。というのは、チベットの開発で職を得ているのは多くが移住してきた漢人であり、中国語の流暢でないチベット人は仕事を得られないか、肉体労働に甘んじるしかない、という人もいる。(量的調査が行われていないので実体は不明)
長く自然とともに生きていたチベットの民が、「ラマの頭のように」禿げ上がった森を見たこと、自然を失った事へのショックは大きいだろう。宗教的、倫理的な問題ももちろん大きいが、私が論じるにはあまりに大きな問題だから、差し控えたい。
言いたいのはチベットの環境は世界規模の環境問題であり、そこには中国の政治的、経済的な次元と大いに絡み合っている、ということなのだ。

ただし、チベットに変化をもたらしているのが、中国政府の支配だけであるとは言い切れない。中国の支配下になかったがゆえにチベットらしさを比較的保っているというインドのラダックでも、資本主義や観光地化の影響を大いに受け、昔ながらの生活スタイルを失っているからだ。小規模で多角的な農業、自然に負担を掛けない生き方をやめ、都市に働きに出て、消費社会の波に乗るラダック人も多い。自然と調和する生き方の知恵はそうして失われていく。

それがチベットの人びとの求めていることならば、私たちがいうべきことは何もないかもしれない。
ただ、私たちが彼らの伝統的な生き方から学べることは大いにある。
それを、失われないうちに学んでおくことが、わたしたちの使命なのかもしれない。。。

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