安保法案と民主主義
デモに参加しなかった後ろめたさから安保法案については沈黙を貫いてきたのだが、成立が時間の問題になってきたので自分の思うところをまとめておこうかと思う。
重要でコントロバーシャルな(異論の多い)法案になるほど、冷静な議論から離れてレッテル貼りや感情論に陥る傾向が否めない。法案を読んだのか知らないが、「子供を殺させない」、「戦争をするための法案」といった内容の批判には同調しがたい。これも私をデモから遠ざけていた要因の一つだ。デモで叫ばれる半ば暴力的な言説もそうだし、一部の団体のwebを見ても、声明や論拠らしきものはなくただ行動内容と賛同者だけが綴られているのを見ていると、論理性を欠くレッテル貼りに付帯するイメージで盛り上がっているに過ぎないのではないかという気もする。
それでも話の変わる政府の説明にはどうしても納得できないし、改憲の手続きを踏まずに解釈改憲だけで集団的自衛権を部分的にでも行使を認めて都合のいいように立法しようとする姿勢は暴挙としか思えない。多くの憲法学者が声明を出しているにも拘わらず、憲法学者とは仕事が違うと言って意に介さない安倍首相はじめ政府与党は、学問軽視というか、自分に都合のいい学問(=実用性のある学問?)しか受け入れるつもりがないのかとさえ思ってしまう。
アメリカからの要請をないことにして、自衛隊と米軍の一体化を隠して中国の脅威を全面にアピールして恐怖を煽るようにして説明するその手法も現実味に欠ける。抑止力やグレーゾーン事態の観点からも説明されるけれども、国際法では武力行使は自衛に限られている。わざわざ国際法を犯して先制攻撃は中国だってしないはずである(たとえばイラクのクエート侵攻も国際法上正当だとサダム・フセインは主張した)。だから相手に正当な武力行使だと解釈させて先制攻撃させて、それに対して報復するという方法を使わせる隙を余計に与えてしまうことになるだろう。国民を守るために必要だというのは論拠になっていない。憲法上の手続に必要性は関係ないからだ。そういうなら必要性を訴えて憲法を変えるべきだろう。
争点、というか問題点が多すぎるのでこれ以上反対意見について詳細は書かないが、立憲主義とともに民主主義という言葉が賛成派からも反対派からも口にされていることに注目したい。(本当に言いたかったのはここからです)
法案に賛成する側のロジックとしては民主主義なのだから多数決で「決めるべき時は決める」、反対派からしてみれば国民の多数が審議を不十分だと思っているし反対もしている(と世論調査で出ている)のだからその意見に耳を傾けるべきだ、ということだ。
確かに議会で定められたことは民主主義の方式に則っているのだから民主的のようにも見える。だが実際にそうではないのが問題なのだ。国会の過半数は必ずしも国民の過半数ではない。これは小選挙区制や選挙制度に問題がある。
一つ目は小選挙区に死票が多いという点である。得票率が半数以下でも候補者が3人以上いれば議席を獲得できる。実際、昨年末の総選挙では自民党の小選挙区での得票率48%に対して議席占有率76%である。ちなみに死票の割合も48%である。つまり自民党に投票したのと同じ程度、国会に反映されていない声があるのだ。
もう一つは票割れの問題である。たとえば、ひとつの選挙区に自民、民主、共産から候補者が出たとして、安保法案に賛成が45%、反対が55%いたとする。反対派が優勢であっても、賛成派が全員自民党に投票するのに対し(もちろん現実はワンイシューではないのでこうはいかない)、反対(55%)のうち40%が民主、15%が共産に入れたとすれば少数派の賛成派が議席を取ることになってしまう。(この辺は「社会的選択理論」でググってください)
さらに選挙では争点がワンイシューに絞られがちだったり、そのときの世間の風潮や、政策以外の政党への印象で投票行動が決まってしまったりする。だから国会を通した手続きは必ずしも民主的とは言えない。それでも形式上「民主的」に見える手続きで国民が決めたことにするのは数による暴挙といえる。だからデモによって民意を訴えることや、世論調査の意見を尊重することは必要だ。民主主義そのものが妥当なのかという問題は、ひとまず置いておこう。
ただ民主主義を民主主義たらしめるのは、上に述べた選挙制度だけではなくて、国民のリテラシーや正しい情報に基づく判断、自分の利害でなく公共の利益について正しい判断ができるか、なんてことが関わってくる。それらが今の日本で達成されているかも疑問だ。
それでも、昨年末の選挙では確かに集団的自衛権の行使や安保法案が争点になっていた。投票の動機は知らないが、国民が決めたことであるのは確かだ。今になって盛り上がって大規模な集会を開くのは遅きに失した観がある。こんな土壇場ではなくて選挙の時にやるべきだったのかもしれない。今となってはあとの祭りだ。
と書いてみたが、これこそ選挙の時に書くべきだったのだ。今となっては後の祭りである。
重要でコントロバーシャルな(異論の多い)法案になるほど、冷静な議論から離れてレッテル貼りや感情論に陥る傾向が否めない。法案を読んだのか知らないが、「子供を殺させない」、「戦争をするための法案」といった内容の批判には同調しがたい。これも私をデモから遠ざけていた要因の一つだ。デモで叫ばれる半ば暴力的な言説もそうだし、一部の団体のwebを見ても、声明や論拠らしきものはなくただ行動内容と賛同者だけが綴られているのを見ていると、論理性を欠くレッテル貼りに付帯するイメージで盛り上がっているに過ぎないのではないかという気もする。
それでも話の変わる政府の説明にはどうしても納得できないし、改憲の手続きを踏まずに解釈改憲だけで集団的自衛権を部分的にでも行使を認めて都合のいいように立法しようとする姿勢は暴挙としか思えない。多くの憲法学者が声明を出しているにも拘わらず、憲法学者とは仕事が違うと言って意に介さない安倍首相はじめ政府与党は、学問軽視というか、自分に都合のいい学問(=実用性のある学問?)しか受け入れるつもりがないのかとさえ思ってしまう。
アメリカからの要請をないことにして、自衛隊と米軍の一体化を隠して中国の脅威を全面にアピールして恐怖を煽るようにして説明するその手法も現実味に欠ける。抑止力やグレーゾーン事態の観点からも説明されるけれども、国際法では武力行使は自衛に限られている。わざわざ国際法を犯して先制攻撃は中国だってしないはずである(たとえばイラクのクエート侵攻も国際法上正当だとサダム・フセインは主張した)。だから相手に正当な武力行使だと解釈させて先制攻撃させて、それに対して報復するという方法を使わせる隙を余計に与えてしまうことになるだろう。国民を守るために必要だというのは論拠になっていない。憲法上の手続に必要性は関係ないからだ。そういうなら必要性を訴えて憲法を変えるべきだろう。
争点、というか問題点が多すぎるのでこれ以上反対意見について詳細は書かないが、立憲主義とともに民主主義という言葉が賛成派からも反対派からも口にされていることに注目したい。(本当に言いたかったのはここからです)
法案に賛成する側のロジックとしては民主主義なのだから多数決で「決めるべき時は決める」、反対派からしてみれば国民の多数が審議を不十分だと思っているし反対もしている(と世論調査で出ている)のだからその意見に耳を傾けるべきだ、ということだ。
確かに議会で定められたことは民主主義の方式に則っているのだから民主的のようにも見える。だが実際にそうではないのが問題なのだ。国会の過半数は必ずしも国民の過半数ではない。これは小選挙区制や選挙制度に問題がある。
一つ目は小選挙区に死票が多いという点である。得票率が半数以下でも候補者が3人以上いれば議席を獲得できる。実際、昨年末の総選挙では自民党の小選挙区での得票率48%に対して議席占有率76%である。ちなみに死票の割合も48%である。つまり自民党に投票したのと同じ程度、国会に反映されていない声があるのだ。
もう一つは票割れの問題である。たとえば、ひとつの選挙区に自民、民主、共産から候補者が出たとして、安保法案に賛成が45%、反対が55%いたとする。反対派が優勢であっても、賛成派が全員自民党に投票するのに対し(もちろん現実はワンイシューではないのでこうはいかない)、反対(55%)のうち40%が民主、15%が共産に入れたとすれば少数派の賛成派が議席を取ることになってしまう。(この辺は「社会的選択理論」でググってください)
さらに選挙では争点がワンイシューに絞られがちだったり、そのときの世間の風潮や、政策以外の政党への印象で投票行動が決まってしまったりする。だから国会を通した手続きは必ずしも民主的とは言えない。それでも形式上「民主的」に見える手続きで国民が決めたことにするのは数による暴挙といえる。だからデモによって民意を訴えることや、世論調査の意見を尊重することは必要だ。民主主義そのものが妥当なのかという問題は、ひとまず置いておこう。
ただ民主主義を民主主義たらしめるのは、上に述べた選挙制度だけではなくて、国民のリテラシーや正しい情報に基づく判断、自分の利害でなく公共の利益について正しい判断ができるか、なんてことが関わってくる。それらが今の日本で達成されているかも疑問だ。
それでも、昨年末の選挙では確かに集団的自衛権の行使や安保法案が争点になっていた。投票の動機は知らないが、国民が決めたことであるのは確かだ。今になって盛り上がって大規模な集会を開くのは遅きに失した観がある。こんな土壇場ではなくて選挙の時にやるべきだったのかもしれない。今となってはあとの祭りだ。
と書いてみたが、これこそ選挙の時に書くべきだったのだ。今となっては後の祭りである。
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